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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)7313号 判決 1970年10月21日

原告 竹中正次郎

右訴訟代理人弁護士 北川新治

同 鈴木健弥

被告 慶秀正久

右訴訟代理人弁護士 岡利夫

主文

被告は原告に対し金二〇二万一、二〇〇円およびこれに対する昭和四二年九月一五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告が被告に対し金七〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

一、主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言を求め、

二、その請求原因として、

(一)、原告は、別紙目録記載の株券(以下本件株券という。)全部の所有者であったが、これを原告の開設する大阪市浪速区日本橋東五丁目一一番地の竹中医院内に占有保管していたところ、昭和四二年九月一三日午前〇時三〇分頃から同日午前五時五〇分頃までの間に訴外山本一夫と称する者に窃取された。

(二)、被告は、右山本一夫から、翌一四日後記(三)の重大な過失によって同人が無権利者であることを看過して、本件株券を同人に貸付けた金員の担保(質権)として取得した。したがって、被告は、無権利者であり、本件株券を原告に返還しなければならないのに、さらに同日右株券を訴外日信商工株式会社に質入して同会社に善意取得させ、かつ、流質して、原告の株券の所有物返還請求権を失わした。同日当時における本件株券の時価(出来高)は、いずれも一株につき、住友電機工業株式会社(同日出来高なく、その前日の出来高)が金八八円、朝日麦酒株式会社が金一四五円、本田技研工業株式会社が金二五二円、八幡製鉄株式会社が金五八円、株式会社長谷川工務店が金一〇一円、株式会社日立製作所が金八二円であり、総計金二〇二万九、四〇〇円である。

(三)  本件株券盗難の事実は、盗難のあった同月一三日正午以後のラジオ・テレビ・夕刊ならびに翌朝の朝刊に一斉に報道され、特に右一三日は台風襲来のニュースと重なり、ラジオ・テレビ放送には誰でも普通以上の注意をしており、被告が株価を計算するに使用したと思われる新聞には本件株券盗難の記事が掲載されていた。又被告が本件株券を担保に金員を貸付けた前日たる同月一三日右山本一夫は本件株券等を担保に金融業者たる訴外三興商事株式会社へ金一五万円ないし金二〇万円の融資を申込んだところ、同人は、右会社の係員に身分証明書等の提示を要求されているが、被告は、右山本一夫に右身分証明書等の提示を要求せず、住所氏名の確認を怠った。又被告方に持込まれた株券中には、裏書のあるものとないものとが混合しており、被告は、裏書のあるものだけを選び出して最終的に自分のものとし、裏書のないものは後に警察に提示した。以上の事実により、被告には、本件株券を取得する際に重大な過失があったものである。

(四)、よって、原告は、被告に対し、被告の右不法行為に基づく損害賠償として、被告が本件株券を訴外日信商工株式会社に転質した昭和四二年九月一四日当時における本件株券の時価金二〇二万九、四〇〇円のうち金二〇二万一、二〇〇円およびこれに対する同日の翌日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ(た。)

三、立証≪省略≫

被告訴訟代理人は、

一、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

二、請求原因に対する答弁として、被告が原告主張の日時に前記山本一夫から同人に対する貸付金の担保として本件株券を取得し、さらに同日右株券を訴外日信商工株式会社に質入れして取得させ、かつ、流質した事実は認めるけれども、その余の事実は争う。本件株券盗難の事実は大阪朝日、大阪毎日の各新聞に報道されたにとどまり、しかもその記事は、社会面の一隅に極めて簡単に掲載されたもので、テレビ・ラジオで報道されたことはない。訴外三興商事株式会社の係員が本件株券の持参者たる前記山本一夫に身分証明書等の提示を要求したのは、同人が株券の権利者たる原告の息子と称し、ことさら都心部を離れた旧布施市において本件株券を含む時価金二〇〇万円を超える一流株券を担保として、わずか金一五万円ないし金二〇万円の金融を申込んだという不審な事情があったからであり、被告は、右山本一夫と一面識もなかったが、昭和四二年九月一四日正午ごろ被告のかねての知合いである不動産周旋業を営む訴外丸山莞二および同佐々木良二の同人がその友人として右山本一夫を同伴のうえ来訪し、本件株券を担保に融資を申込んだもので、右山本一夫は、三〇才前後で背広上下を着用し、折鞄から本件株券を取り出して、手形決済の資金が至急入用につき、できるだけ融資を頼むというので、身分証明書等の提示を要求することもなく、本件株券の当時の時価を金二〇三万五、〇〇〇円と見て、大体その六割に相当する金一二二万円を日歩金九銭、期間一ヶ月と定めて貸付けた。但被告は当時手許に運転資金がなかったので、かねて協力関係にあった金融業者たる訴外日信商工株式会社より本件株券を担保に一ヶ月の期限で金一二五万円の貸与をうけ、この内金を前記の如く右山本一夫に貸与し、本件株券は即日被告から右訴外会社に引渡されたのである。而して、右山本と被告間および被告と右訴外会社間の約定ではそれぞれ一ヶ月内に右貸付金の決済ができぬ場合には、本件株券の所有権は当然被告更に右訴外会社に移転することになっていたところ、右山本から右期限内に決済がなく、被告も又その決済を放置したため、本件株券は被告の占有を離れたのである。又本件株券の株主欄記載の株主名は竹中正次郎であり、持参人は前記の如く訴外山本一夫であったが、すでに証券界では株券は現金同様現物の授受だけで完全にその所有権を取得し得ると聞いていたので、被告は右慣例に従い処理したまでのことであり、右は商法第二〇五条、小切切手法第二一条の規定からも窺われることである。以上の如く被告には本件株券取得につき悪意又は重過失はなかったものである。

と述べ(た。)

三、立証≪省略≫

理由

一、被告が訴外山本一夫から昭和四二年九月一四日同人に対する貸付金の担保として、本件株券を受取った事実、同日被告がさらに右株券を訴外日信商工株式会社に質入して同会社に取得させて、かつ流質した事実は当事者間に争いがない。そして、而して、≪証拠省略≫によれば、原告は本件株券の所有者であったところ、これを占有保管中昭和四二年九月一三日午前〇時ごろから未明までの間に窃取された事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

又≪証拠省略≫によれば、前記山本一夫は、翌一四日正午過ぎごろ、被告のかねての知合いで不動産周旋業を営む訴外丸山莞二に案内されて、住居所不明の佐々木と称する男を伴って被告方を訪れ、本件株券を含む金二百数十万円相当の株券を担保に融資して欲しい、自分は山本一夫である、原告は自分の勤務先会社重役であるが原告の依頼で融資を申込みに来訪した、とそれぞれ述べた事実、被告は、右山本一夫が持参した株券のうち原告の裏書のある株券(本件株券に該当する。)についてのみ貸付金の担保として受取り、原告の裏書のないその余の株券については、右山本一夫にその旨を質したところ、同人は翌日原告の印章を持参するから、そのとき改めて融資して欲しいと答えたので、右株券を預った事実、被告は、同人が真実の権利者かどうかについては何ら積極的に調査せず、本件株券を担保として期限一ヶ月後、利息日歩金八銭と定めて本件株券の当時の時価の約六割に相当する金一二二万円を貸付け、右山本一夫より同人が自ら山本一夫と署名して作成したその領収証および株券譲渡書を受領した事実をそれぞれ認めることができ、他に右認定を覆えすにたりる証拠はない。

商法第二〇五条第二項によれば、株券の占有者は適法の所持人と推定され、又同法二二九条によって準用される小切手法第二一条には株券の善意取得を規定するが、株券の譲渡による取得者は株券の占有者が事実の権利者たることにつき重過失がないことを要求されるところ、本件にあっては前記認定の如く右山本一夫は、自己の勤務する会社の重役である原告に依頼されて被告方に融資を申込みに来訪したことを告げ、かつ、同人が持参した株券には原告の裏書のあるものとないものとが混合していて、裏書のないものについては、翌日原告の印章を持参する旨述べており、このことは同人が原告の代理人もしくは使者であることを充分窺わせるにもかかわらず、同人は、結局自らのために融資を受け、自らその質権設定者となって本件株券を質入れし、同人の作成した前記各書面には、原告との関係を示すべき何らの記載がなく同人の氏名が本人として表示されているのである。

かくの如く、彼此矛盾を来し、かつ、前段認定の如く本件株券は盗難にあったものであることを総合して按ずれば、本件株券を担保として多額の金銭の貸付をなさんとする被告としては、右山本一夫が本件株券の真実の権利者か否かにつき合理的疑いを抱き得たはずであるにもかかわらず、被告は右の点につき何ら積極的に調査しなかったこと前段認定のとおりである。してみれば、被告が慢然と右山本一夫を真実の権利者と誤信したことは重過失がある。

二、前項のとおり、被告が本件株券を取得した際に重過失があった以上、被告は本件株券を善意取得することを得ず、前記認定のとおり、被告が本件株券を訴外日信商工株式会社に転質して、流質したことは、原告の本件株券についての所有物返還請求権を喪失せしめたものといわなければならない。したがって、被告は、原告に対し、本件株券を転質した昭和四二年九月一四日における右株券の時価相当の損害金を支払うべき義務を負担するところ、≪証拠省略≫によれば、本件株券の当時の時価は、原告の主張のとおり認められ、右事実によれば、本件株券の当時の時価は総計金二〇二万九、四〇〇円と算出される。

三、よって、原告の被告に対する本件不法行為に基づく損害賠償金二〇二万九、四〇〇円のうち金二〇二万一、二〇〇円およびこれに対する右不法行為の翌日である昭和四二年九月一五日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 吉田秀文 塚原朋一)

<以下省略>

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